2008年9月

『身近なもので生き延びろ』 (9月30日・火)


これも妻が買っていた本。西村淳『身近なもので生き延びろ―知恵と工夫で大災害に勝つ』(新潮文庫)。帯に「防災グッズよりもこの一冊!プロが教える実践的非常時対策」とあるが本当にその通り。著者は南極基地で料理人だった巡視船にも乗る現役の海上保安官。

真面目な本のように見せて内容は軽妙と言うより軽薄な文章で話が南極体験などあちこちに飛ぶ。タイトル通りの内容は全体の3割ぐらいだが横道に逸れた話も面白い。それでいてタイトルの話自体は極めて具体的で本当に「防災グッズよりこの一冊」なのだ。

例えば段ボールを使った簡易トイレの作り方。あるいはペットボトルと手近な材料を使った浄水器の作り方。乾電池を使った火の起こし方に食用油や牛乳パックを使ったろうそくの作り方。さらにタバコが止血剤や防虫剤になるとも書いている。避難所での安眠方法も。

本書の冒頭に書いているが防災グッズがあっても家が潰れれば瓦礫の下から取り出せない可能性がある。そこで身近なものを防災グッズにする意味がある。ノウハウはあれもこれもと数多いわけではないが知らなかった知識がほとんど。私は頭に叩き込んだ。これはお奨め。

Skypeのカメラとマイク (9月29日・月)


先週Skype用Webカメラを買った。こちらの画像を美しく見せる必要を全く感じないのでバッファローの一番安いの。ヨドバシで1,980円。と言ってもカメラで映して話す相手は最近毎週会っているU氏しかいない。でも聞けば私の画像には中央に黄色いラインが表示されるらしい。

カメラの不具合の可能性もあるが私は帯域の狭さを疑っている。上り回線の速度が遅く色が抜けているのではないのかと。ちなみにU氏と最初にSkypeで話をしたとき妻が会議に入ったらU氏の映像が消えた。Skypeが回線状況に応じて映像を制御しているのではないかと思うのだが。

さてカメラを買ったとき一緒にスタンドマイクも買った。昔アマチュア無線で話すとき当時の自宅では最初ハンドマイクを使っていたが後にスタンドマイクを買った。そんなわけで当時を思い出して。相手の音声はPCの外付けスピーカーから聞いている。

これだと呼び出し音はスピーカーから聞こえるしヘッドセットを装着したりジャックに差し込むために慌てることがない。というわけでSkypeの環境は思いの外快適。と言っても相手はU氏だけで話は1分で終わるので使い込んではいないのだが。徳島に引っ越したら活躍するかな。

名西酒蔵にU氏と (9月28日・日)


土曜は今週もU氏。我が家に16時に来て3人で歩いて19時に名西酒蔵へ。大将から神山側の状況も教えてもらった。わざわざ神山に問い合わせてくれていた様子。でも今のところ何の進展もないので一旦徳島市内に引っ越そうかと考えたり。その前に上勝の検討か。

さて今週も会ったU氏だが5週間前に米国の大学で働いている奥さんを残して単身帰国。今は新しいチャレンジに向かう中間点にいる。私の友人の中では特殊な経歴を持っているので少し紹介。徳島生まれの同い年だが大学を出てからの職歴が凄いのだ。

誰もが知っている大手生保に入社して数年後にはやっぱり誰もが知っている大手損保へ。このときニューヨークのウォール街でファンドマネージャとして働いた。その後徳島に戻りJ社で海外向けのIRを担当。このとき私と知り合い転職して数年前から米国法人のCFOだった。

昨日もU氏の現在の気持ちを聞いていたのだがこれはシンクロニシティかも知れない。妻や私が今の状況で判断すべき材料と同じことを言っているのではないか。今日も妻と少し話し合った。何がどうなるか分からないが動かないことには始まらない。

神山移住を考え始めたのは (9月27日・土)


それにしても神山に移住すると言い出したのはいつだったのだろう。ときどき日記を読み返すのだが私たちにもよく分からない。気づいたら神山に移住する前提で動いていた。それに至るきっかけはいくつかあるから自分たちのために少し整理しておく。

最初のきっかけは昨年4月のJ氏邸でのバーベキューだ。妻はこれで徳島を好きになったと言っている。次は6月サンフランシスコで霊能者から言われた言葉だった。妻は森の中の大きな家に住むと言われ私は徳島との縁が強くなりそれは妻の魂が求めていることと言われた。

続いて8月の焼山寺奥の院。ここで妻は何かを感じたらしい。12月に謎の着信があったとき妻が未来からの警告だから東京にいては危ないと言っていた。1月には神山移住について日記に書いている。夢と書いているがこのとき既にこの方向であったよう気もする。

今年2月には2012年問題について記述していて3月に『2012』を読んだ。名西酒蔵に初めて行ったのは2月。このころ家では神山移住について話をしていたような。4月に書いたときは方向が固まっていたような気もする。心の分岐点は12月から2月の間だろうか。

上勝の話 (9月26日・金)


今週水曜は私の大先輩から妻と一緒に呼び出されたので出かけてきた。都内某所。移住について話がしたいと言われていたのだが駅に着いたら別の大先輩も。もう一人元同僚のM氏。遅れて同じ会社のK氏も合流。

「なぜ神山なのだ」と訊かれたが「妻の霊感です」と答えるしかなく「で神山でどうするんだ」と訊かれれば「どうにかなると思っています」と言うしかない。そしたら「徳島に帰るなら上勝に行け」と。上勝町はおばあちゃんの葉っぱビジネスで有名になった中山間の小さな町だ。

理由は省くが私たち夫婦の徳島での収入も心配してくれている。でも突然そんなことを言われても。という困惑が顔と声に出たらしい。8年前や12年前に話をしていたころのことも持ち出され「こいつは昔からこうなんだよ」と2人の大先輩に小突き回されるの巻。

それでも事情が飲み込めない私。対応を妻に任せたら「奥さんに分かってもらったからヨシとするか」と解放してくれた。解散してM氏と3人。改めて詳しく説明してもらい少し理解できた。でも神山しか考えていなかった私たち。次に帰省したら上勝町にも行ってみようとは思うが。

EPSONプリンタの紙詰まり (9月25日・木)


水曜はA社のオフィスにいたのだが妻に呼び戻された。A4用紙600枚を印刷したいのだが3枚印刷するたびにプリンタが紙詰まりを起こして使い物にならないと。同じ症状は以前にもあった。メールの記録によると昨年11月頃だ。

そのときはプリンタに詳しい友人K氏のアドバイスに従い用紙を取り込む部分のゴム部品をガムテープでペタペタしたら直った。ホコリが入って紙をうまくフィードできないのかも知れない。今回もガムテープでペタペタやったら直った。一度30枚で紙詰まりを起こしたが後は快調だ。

ラベル印刷の方はラベル用紙がレーザープリンタに巻き込まれることを恐れhpのインクジェットを使った。念のためにEPSONレーザープリンタの黒トナーとhpインクジェットプリンタの黒インクを買っておいたのだがまだまだ大丈夫。

さてEPSONプリンタはFAX兼用だから電源は入れっぱなしだが気になるのが電気代。消費電力は待機電力に比べて印刷時と電源投下時が相当に大きいはずだが何時間電源オフなら得になるかが分からない。前から気になっているのだが実際はどうなのだろう。

楽々はがき (9月24日・水)


はがき印刷ソフトとしてJ社の「楽々はがき」を愛用している。1998年に当時の売れ筋はがきソフト「筆まめ」「筆王」などの使い勝手を調べたことがあるのだが後に使った「楽々はがき」の方が断然使いやすかった。それ以来年賀状の宛名はこれで印刷している。

さて最近妻が仕事で何百件ものラベル印刷を行うことになった。WORDやEXCELでやる方法があるそうなのだが忘れてしまったとかで「楽々はがき」を使うことになった。宛名のデータを私の旧PCに取り込み試してみたのだが。

やってみて分かったのは「楽々はがき」は仕事のタック印刷には使えない。はがき印刷と同じ思想でタック印刷を行うのだが何と住所より社名の方が小さく印刷される。名前だけは変に大きい。肩書きは文字数によって極端に小さくなったりする。調整はできるが限界がある。

仕事の宛名なのだから文字の大きさは同じで構わない。ただラベル用紙に正しく印刷されれば良い。結局妻はいろいろ調べてWORDでやることにしたらしい。私が持っているのは「楽々はがき2004」だが最新版ならできるのだろうか。所詮は個人が使う年賀状用だということか。

アジアの二等国 (9月23日・火)


中学校から高校の頃だったかニュースを見ていてアジアの国は遅れているといつも思っていた。台湾では国会でよく乱闘しているしフィリピンでは役人への袖の下で物事が決まると聞いていた。そういうアジアの国とは日本だけは違うと思っていた。

ところが最近というかここ10年ぐらいで認識が変わった。結局のところ日本もアジアの国なのだ。競争入札は談合によって決まると言うし役人は頭がおかしいとしか思えないような無駄な建物ばかり造りたがる。そして社会保険事務所はとうとう詐欺の教唆だ。

前にも書いたが今回発覚した標準報酬月額の改竄を企業に教えたという事件はこれまでの問題とは異質だと思う。保養所を造り続けたことは無駄ではあるが法に反するものではない。宙に浮いた年金問題は仕事のいい加減さに呆れるが意図されて起きたものではない。

でも今回の件は違う。テレビのワイドショーで誰かが言っていたが詐欺の幇助で社会保険事務所は告訴されるべきだと。当の社会保険庁が組織的関与を否定しているのも凄い。表向きが真っ当なだけタチが悪い日本はアジアの二等国以下なのだと私はすっかり自虐的。

Skype (9月22日・月)


Skypeの設定を行った。妻のPCに以前設定したことはあった。確かあれは古いWindows XPのノートPCだったが妻はVistaのミニタワーでも使っている。多分自分で設定したのだろう。海外とのやりとりなどでよく使っていたようだが私は今まで使うような機会がなかった。

今回は徳島の人たちと話をするのにSkypeを使えばいいのではないかと妻に言われトライ。と言っても導入はあっさり終わり検索で土曜に遊びに来ていたU氏を見つけコンタクト先に追加。そしたらU氏からSkypeで呼び出しがあって日曜夜に初めて使ってみたのだった。

彼はカメラも持っていて私のところで映像が見える。ついでに妻も自分のPCから参加して3人で「会議」。というか通信実験をやってみた。あっさり成功。とてもクリアで携帯電話より格段に音質がいい。月曜には徳島のT氏から呼び出しがあり同社のA氏も加わりここでも「会議」。

マイクの類は2年前に買ったヘッドセットとUSB接続の電話型機器があるのだが電話型はVistaに非対応で使えず。それで私はU氏から土曜にもらっていたヘッドセットを使っている。面白いので安いWebカメラを買おうかと思っているところ。ちなみにSkype名は私のコールサインです。

三たびU氏と (9月21日・日)


昨日は先週に続いてU氏が遊びに来てくれた。3週間前と同じく16時から話をしながらビールとおつまみ。約5年間住んでいた米国から約4週間前に帰国して直後から3度目。それまで9年半の間に会ったのが4回ぐらいしかなかったはずでそのブランクを取り戻すかのようだ。

私たち夫婦は東京から脱出することを企てているわけで3週間前に会ったとき東京の嫌なところを数々あげた。電車の中での態度や売上至上主義で非人間的な企業など真っ当な社会でなくなったことなど。でもU氏は米国はもっと酷くて東京に住んで気が休まると言った。

U氏によれば米国ではいつ銃殺されるか分からないリスクがあると言う。米国に住んでいると致死率が高いと。なるほど日本だけでは見えない世界があるわけだ。それでも一致したのは競争社会で仕事をする虚しさについて。あるいは企業内の人間関係の煩わしさについても。

40歳代半ばに特有の精神性なのか。それに加えて私たち世代の価値観なのか。昨日はそんな話もした。それでもなお新しい何かを始める意欲があることも共通の意識だった。話しているうちに私の気持ちも整理される。私の内面にも少し突っ込んだ話ができて楽しい夜だった。

ダンスチームの彼女 (9月20日・土)


ミュージカルの練習で忘れられない思い出がある。そもそも女性は50人ぐらいいたはずだが大多数が20歳代で当時34歳だった私は話が合いそうになく実際ほとんど話をしなかった。ただダンスチームの女性たちはスタイルが良くて「響」の仲間たちに人気があった。

確か本番当日の朝だと思う。ストレッチをやるとき2人1組になった。みんな自然に同性同士で組む。ところが気づくと私に相手がいない。するとダンスチームの若いきれいな女性が走って来て「お願いします」と私に言った。「響」の仲間はそれだけで中学生男子のように大騒ぎ。

さてストレッチでは開脚して相手と足先を付け手を繋ぎ前屈をするメニューがあった。私の脚は120度しか広がらないが向き合った彼女は180度に開脚して顔が床に付くぐらい前屈できる。でも私と足先を付けた状態でそれをやると彼女の顔が私の股間に近づいてしまう。

それを見て「響」の仲間がまた嬌声を上げる。それ以前にも私と彼女が触れるたびに喧しい。全くガキだ。遠慮のない仲間のおかげで全員の注目を浴びて恥ずかしいことこの上ない。でも正直に言えば彼女とのストレッチは楽しかった。本番の舞台よりも実はいい思い出だったりする。

東京の台風 (9月19日・金)


台風13号は沖縄西部を迷走して九州南沖から海上を東進している。0時現在で枕崎沖。東京は最も暴風雨が強いはずの位置にあるはずだが雨がしとしと降っているだけ。990hPaまで弱まっているしニュースで騒いでいる割に大したことはなさそうだ。

妻は「東京に来る台風なんていつも温帯低気圧になってるよ」と言う。確かに私が東京に住んで8年半。交通機関が不通になることはあっても強烈な台風には遭遇したことがない。でも仮に東京に沖縄並の強烈な台風が上陸したら東京区部の住宅地はどうなるだろう。

都心ではビル風で看板が飛ぶことは想像できるが住宅地は平野で民家が密集しているから風の被害は少ないかも知れない。問題は今年頻発した水害か。土地がアスファルトだから排水ができず浸水被害が中心になるのだろう。東京で住むなら低地は避けた方がよさそうだ。

マンションの2階以上なら浸水被害に遭うことはないだろうが電気ガスなどが止まることはあるかも知れない。地震対策を含めやっぱり3日ぐらい持つ食料と水やガスボンベは確保しておいた方がいいのかも。それにしても9月も下旬。今年の台風はこれだけで終わりだろうか。

ミュージカルの練習と退職願 (9月18日・木)


「駆けろ!架けろ!YATTOSEI!」は1997年12月14日(日)の徳島初演に続き1998年1月17日には東京公演が行われた。と言っても私は不参加。出張ついでに中野サンプラザに見に行った。幕間にダンス指導の小澤薫世さんに見つかり「東京にいるなら出なさいよ」と叱られた。

隣に座った年輩の女性2人に解説してあげたい衝動を抑えながら第三者として観た。その後ミュージカルは徳島県内の各市町村の巡回公演で10回以上演じられたはずだが私は希望せず参加しなかった。「響」のメンバーで参加したのは1人か2人でなかったか。

このミュージカルの練習は当初月2回だったが後半は週1回になり最後の1週間は毎晩あったと思う。J社での仕事に精神的に疲れていた時期だったが平静でいられたのは「響」とミュージカルの練習があったからだ。声を出し踊って汗をかいていたので気が紛れたのだ。

公演直前の12月5日(金)か8日(月)だったと思う。ミュージカルの夜の練習を終えて会社に戻り社長室に社長が一人いることを確認して退職の意志を伝えた。それまでの数ヶ月間いつ伝えようか悩んでいたが練習で汗をかいて意を決することができたのだと思う。

『神との対話〈2〉』時間と魂 (9月17日・水)


ニール・ドナルド・ウォルシュ『神との対話〈2〉 宇宙を生きる自分を生きる』(サンマーク文庫)も再読。内容の分かりやすさは全3巻の中でこの2冊目が一番かも知れない。内容には1巻目を読んでなくても理解できるような配慮もあるがやはり続編として読むのが正しいと思う。

最も分かりにくいのは前半に書かれている時間に関する概念である。この本によると過去も未来も全て現在この瞬間に起こっていることだとする。過去から未来へ一直線の軸があるのではなく紙の束のようなもので過去も未来もあるがそれらは紙として同時に存在すると言う。

時は頭脳で作り上げた相対的な概念である。時は物体と物体との間に存在する空間の関係である。時間とは地球と太陽との相対的な位置関係を計測する方法に過ぎない。アインシュタインの一般相対性理論も持ち出して説明されて何となく分かったような気にはなる。

魂の動きが光速より何万倍も速いとすれば魂の世界では過去も未来も同時に起こっていると言えそうな気はする。そう考えると私は体や精神より魂を大切にしたい。もっと言えば体は魂の乗り物でしかないわけだ。つまり人の死は体がなくなるだけだろう。多分そういうことなのだ。

「Oh!マイSUN社員」 (9月16日・火)


劇団ふるさときゃらばんのミュージカル「Oh!マイSUN社員」の公演を見たのは1997年5月17日(土)だった。1998年4月25日にNHK BSで放送された番組録画がHi8カセットで手元にあり今回これもDVD化した。公演中も泣けた記憶があるが番組録画を見直すたびに泣ける。

ストーリーはトラック製造の中小企業が大手自動車会社に吸収され一方で結婚離婚のドタバタの中で社員同士の対立や仕事のIT化の問題が次々起こる。企業論理と人情。合併と結婚。男と女。命令と創意。仕事と生活。仲間と家族。効率と働きがい。理想の会社と働く意味。

確か私は練習のとき県の担当者から聞いて東京出張のついでに見学に行ったのだと思う。NHKの番組によると公演は原宿の特設シアターであったらしい。私は受付で話をしてタダで観た。このミュージカルの楽曲CDも持っているがこのとき買ったのかも知れない。

破綻した拓銀出身で後に取締役になるN氏がJ社に入社したばかりの頃このミュージカルの話をした。彼も観たらしい。「人員整理をする側だったので人ごとではなくて」と言っていた。私はJ社を辞めてから一時CDをよく聴いた。サラリーマンの悲しさと喜びにCDだけで泣けてしまう。

※当初「1997年秋」と記述していましたが2016年3月13日に当時のチケットを古いファイルの中に発見したので正確な日付に変更しました。

ダイビング仲間と再びU氏と (9月15日・月・祝)


この1週間は3度の外食で2度大酔っぱらいだった。水曜は近所の焼肉に妻と2人。2人で食べると酒を大飲みするわけではない。一通り食べるとさっさと帰る。ここに気の合う友人が一人でもいると大変で何時間でも飲んでしまうのが私たち。

木曜は再びの「名西酒蔵」。三宅島ダイビングショップでインストラクターをしているSさんが平日は都心でシステム管理の仕事をしていると聞きこの日は彼の自宅がある街で仲間が集まって宴会となった次第。A社のM氏Y嬢ほか外資系企業の法務部長T嬢と妻と5人で19:30始まり。

ほどなく元同僚で今年ライセンスを取ったH氏と主役のS氏が合流。だいぶ遅れて別の外資企業元法務部長K氏も。総勢8人。一旦終わってS氏に誘われ彼の自宅へ。大通り沿いの6F。広い2LDK。かつて結婚しようと思って買ったマンションだと聞く。解散して帰宅したら2時だった。

日曜は2週間前に帰国して会ったU氏と近所の居酒屋に行って飲んで語った。働くことの意識の変化や前に書いたビジネス案について。他にもずいぶんと話をした。普段話さない心の奥についても語った気がする。私は生ビール5杯か6杯飲んでご馳走になった。いや楽しかった。

「駆けろ!架けろ!YATTOSEI!」 3 (9月14日・日)


何度か書いたかも知れないがミュージカルに出演して知ったことはきれいに演じることではなくバカになることで感動が生まれるということだ。自分を解放して理性を外し必死になることで見ている人は感動するということだ。演出家から繰り返し言われた。

オープニングから間もないところで「燕」という曲があった。曲に合わせてただ自由に表現するというものだった。演技ではない。自分の心の底から必死に表現することを求められた。それを私ができたとは思えないが後から「あの曲が一番感動した」と友人に言われた。

映像を見直していると例えば子供たちがソロで歌う場面がある。音が外れている子がいる。でも必死さが伝わってきて逆に心が揺さぶられる。自分が同じようなことを経験したからかも知れないが彼女たちの必死の歌に涙が出そうになってしまった。

ミュージカルの全体のトーンは徳島の自然や文化を振り返りつつ鉄の橋(明石海峡大橋と大鳴門橋)の完成を喜ぶというものだが私自身が経験した歌と踊りの全員総出のシーンには改めて感動した。心の強さは時間やメディアや場所を問わず伝わるのだなと思う。

ミュージカルの音楽をmp3化 (9月13日・土)


ミュージカル「駆けろ!架けろ!Yattosei!」の映像はMPEGにしてハードディスクにも保存した。今度はMPEGから音楽だけを抜き出してmp3データにして通勤途中に聴こうと思い立った。ビデオから音だけを録音していたカセットテープが手元にあって私は昔にも音だけを聞いていた様子。

やり方は「Intervideo WinDVD8」で動画を再生しPCのLine Outを古いPCのLine Inに繋いで古いPCにある「DigiOnSound 4」で録音するという方法。Line出力で一旦アナログになるが仕方がない。他に方法を思いつかなかったのだ。

それに録音して音楽だけをトリミングするにはDigiOnSoundが便利である。ところがWindows Vista版のDigiOnSoundを持っていない。ともかくDigiOnSoundで録音してセリフ部分を省き歌詞のある音楽だけをファイル化することはできた。全部で33ファイル。

セリフと音楽が被る部分はフェードインやフェードアウトを駆使して整理した。本当は当時の振り付で踊れるようにしたいものだがそれは別途。まずは忘れていた歌詞を思い出して再び歌えるようにしてみようかなと。どこで歌うわけでもないのだが。

「駆けろ!架けろ!YATTOSEI!」 2 (9月12日・金)


ミュージカルの練習は万代町の教育会館であった。当初は作曲が間に合ってなくて演技指導みたいなことも受けた。驚く表情をするというテーマで私はどうしてもできなかったところ「1万円が落ちてる」と突然言われてビックリしたら「それでいい」と言われてみんなに笑われたり。

徳島県民チームはNHKのナレーションによると115人いたらしい。ダンスチームが30人ぐらい。女声合唱も30人ぐらいいて男声合唱20人ぐらい。小学生など子供たちが30人ぐらいだったと思う。5年ぶりぐらいでミュージカルを見直したら構成の巧みさに改めて驚いている。

衣装を着替えるから連続した場面に出られないチームがあるのに自然な流れで場面が転換していく。全員が出たオープニングとクロージング。子供たちチームと大人チームが分かれ劇団ふるさときゃらばんのプロたちが何班かに分かれて繋いでいく感じ。

そんな中で私は10曲ぐらいを歌って踊った。歌だけならさらに5曲ぐらいあったかも知れない。歌は繰り返せば覚えるが踊りだけはダメだった。振りを覚えるのは本当に苦労した。でも練習はパートとしてやっていたので全体像が分からず完成した映像を見て感動した。

『あの世の話』 (9月11日・木)


『私の遺言』の流れで妻が持っていた対談本を読んだ。著者はポルターガイストに30年間悩まされた作家と稀代の霊能者。佐藤愛子・江原啓之『あの世の話』(文春文庫)。対談だから行間が空いているし文字も大きいし2時間弱であっさり読み終えた。

内容はタイトル通り。江原さんが言うには守護霊(背後霊と同義)には主護霊と職業などを司る指導霊と人生をコーディネートする支配霊の3霊があり補助霊がいる場合があるらしい。主護霊は先祖だが他は自然霊の場合もあり狐や天狗やもちろん神もあると。

死後は幽界があり上に霊界がある。幽界は3層に分かれ中層は欧州でサマーランドと呼ばれ常夏の気持ちのいい世界らしい。下層は地獄だと言われる場合もあるが死者の想念が作る世界だと。仏教で言う四十九日までは現界と幽界の間の幽現界をさまよっているそうだ。

この本に書かれた死後の世界や背後霊のことを信じるかどうかはともかく必ず死ぬ私たちが知っておくべき世界観の一つではないかと思う。最後は物質主義的価値観から早く脱却すべきという話で締めくくられる。対談本としても面白く読めてこれはお奨め。

「駆けろ!架けろ!YATTOSEI!」 1 (9月10日・水)


今回デジタル化したビデオは本四連絡橋・神戸-鳴門ルート全通記念事業で徳島県が制作したミュージカル「駆けろ!架けろ!YATTOSEI!」を放送したNHK BS2の番組である。このミュージカルの初演は1997年12月14日のアスティ徳島。放送は1998年2月14日だった。

農村やサラリーマンをテーマにした舞台を多く手がける「劇団ふるさときゃらばん」の共同制作。私は徳島県民チームの1人として出演した。出演者はオーディションで選ばれたはずだが男性が少なく「響」に出演依頼があった。だから私はオーディションには参加していない。

最初の会合は当時の手帳によると1997年3月16日。富田浜の徳島県建設センター。隣に座っていた女の子が帰りに迎えを待っていたようで話をしておけば送ってあげられたのにと思った。彼女は当時の私と同じ川内に住んでいてその後練習後に何度か送ってあげたことがある。

さてこのミュージカルは男声合唱の人が足りないということで要請されて参加したはずだった。だから歌だけだと思っていた。ところが最初の練習から振り付けを覚えて踊らされたのだった。これには驚いたが私より覚えの悪い仲間が何人もいたから仕方なく月2回の練習に参加した。

『神との対話』 (9月9日・火)


昨年8月に読んだニール・ドナルド・ウォルシュ『神との対話―宇宙をみつける自分をみつける』(サンマーク文庫)を再読した。昨年は多大な影響を受けつつあるとしながら内容を十分理解したわけではないと日記に書いた。その後3巻まで読んでの再読だから今回は完全に理解した。

魂の目的は自分自身が何者であるかを創造すること。理性や論理で考えず魂がしたいことをすればいい。なりたい自分を思考すればエネルギーが生まれ自分を創造する。言葉にすればより強いエネルギーが生まれ行動すれば最強の創造になる。

理性や論理が邪魔をして魂の思考ができないのなら最初に行動しても構わない。常に行動すれば思考が伴ってくる。魂に時間の概念は関係ないので神を信じてなりたい自分を思考して感謝を言葉にすれば神への最高のメッセージになる。

スピリチュアルな本ではあるがこう書いてみると別段変なことは書かれていないように思う。私にとってはとても分かりやすい世界観だ。学生時代に読んだ筒井康隆の七瀬3部作『エディプスの恋人』における神の遍在感が深く印象に残っているのだがその延長として理解した。

Hi8データのデジタル化 (9月8日・月)


Hi8ビデオカセットからのデジタル変換は思いの外時間かかってしまった。まずは古いSONY製VHS/Hi8ダブルビデオカセットデッキから一旦ハードディスクレコーダー(HDR)に録画してそれをHDRでDVD-Rに。そのDVDをPCに取り込んでMPEGデータ化。1本のHi8を2日がかり。

今回Hi8からデジタルに変換したのは人に見て欲しいならDVDにするしかなかったから。さらに我が家のデッキがいつまで使えるか不安になったからだ。我が家のVHS/Hi8ビデオデッキは15年目。そろそろ壊れても文句は言えない。

デッキが壊れるとメディアの再生手段がなくなる。DVカセットなら現役のビデオカメラは多いと思うしVHSカセットもまだまだデッキは多くある。でも私が録画したのはHi8。問題はメディアが劣化するかどうかより再生機器があるかどうかなのだ。

ともかくDVD化しNASにも保存したからデータが見られなくなることは当分なくなったと思う。今回残しておきたかったのは1997年のミュージカルだが妻が仕切ったファッションショーなどがVHSカセットに録画されている。次はこれらのVHSカセットのデジタル化かなと思っているところ。

名西酒蔵と池袋と我が家の飲み会3つ (9月7日・日)


土曜の夜は隣町の名西酒蔵に行った。大手紙デスクK氏夫妻と妻と4人。昨年8月に徳島で一緒にダイビングをして以来。19時の開店前に既にお客さんは4組。話は神山のことやダイビングのことで気づいたら午前2時。大将から神山産スダチを何個かもらった。

お店を予約した段階で聞いていたが隣のテーブルには私がGWにお会いした神山町長。今日あった目黒サンマ祭に参加するJA神山の人たちとご一緒。神山に移住すると私が挨拶したものだからJA神山の方とも少しだけお話しした。

ある課長さんは酔っていたからだろうが「木ぃならナンボでも持って行ってええけんな」と心強い。この前日の金曜夜はA社のボスK氏と妻と3人で池袋で焼肉。多分約2年ぶり。2006年にも行った店。K氏は妻のことを同士と思っている節があって一応移住について話をすることも目的で。

1週間前の土曜には7月にも会ったU氏が来訪。U氏は某社米国法人CFOで数年にわたり米国にいたのだが退職して故郷の徳島ではなく東京に単身引っ越して数日のタイミング。仕事のことや家族のこと遺書のことなど。妻が作った和食をつまみに楽しく飲んだのだった。

新HDへのバックアップとHi8のDVD変換 (9月6日・土)


ハードディスクのセッティング。と言っても電源ケーブルとUSBケーブルを接続しただけ。フォーマットはFAT32からNTFSに変更した。USB通信が高速になるらしいマッハUSBという機能のファイルをダウンロードして設定。早速新しいHDでWindows Cmplete PCバックアップ。

続いて旧HDを妻のPCに接続して一旦ファイルを全て削除。ここでも改めてNTFSでフォーマットをかけWindows Cmplete PCバックアップを設定した。物理的なバックアップの時間はかかったが設定自体は結構あっさり終わってしまった。備えあれば憂いなしというわけで。

続いて今日は古いHi8ビデオをDVDに変換。と言っても古いHi8/VHSビデオデッキから一旦ハードディスクレコーダー(HDR)に取り込んだだけなのだが。まず一太郎8の記者発表会のビデオで実験をしてから他のビデオも全てHDRに。と言ってもたった3本ほど。

Hi8からHDRに録画した1本は「駆けろ!架けろ!YATTOSEI!」。明石海峡大橋開通記念に徳島県が制作したミュージカルで私が1997年12月に出演した徳島公演のもの。時間切れでHDRに2/3録画できただけなのだがその部分は8年ぶりぐらいに見た。この出演は改めて書こ。

新しい外付ハードディスク (9月5日・金)


物欲がなくなったと書いたばかりだがパソコンの外付ハードディスクを注文した。周辺機器はバッファローにしようとしていたのに買ったのはIO DATA製。NEC Directで安かったのだ。320GB。送料込みでポイントを差し引いて7,800円ほど。我が家のPCのバックアップ用に使う。

我が家のPCは私のDELLと妻のNEC。仕事のデータはLAN上にある1TBのNASに置いてある。これはRAID 1でミラーリングしているから1個250MBのディスクが壊れても別のディスクが完全にバックアップしている。250MBのディスクが4個あってバックアップは万全だと思っている。

でもPCにもデータは諸々保存されている。メールデータなどもそうだ。そこで私はPCのシステムごとWindows Vista Ultimateの機能を使って古い120GBのIO DATA製ハードディスクにバックアップしている。ところが妻のPCはこれまでシステムバックアップをしていなかった。

私は必要なデータは意識して都度バックアップするが妻がそんなことをするとは思えないわけで妻にこそバックアップシステムが必要だった。それで新しいハードディスクを使おうと考えた次第。PCのシステムが飛ぶリスクを考えると8,000円は安いものだと思うわけである。

ギフト・ショー (9月4日・木)


ビッグサイトで開催されているギフトショーに行ってきた。我が社と契約しているフミコさんがイメージキャラクターを務める商品が出展されておりどんな展示か一応見ておこうと思い。それと会場にはあらゆる雑貨が展示されていて昨年行ったら面白かったので。

ビッグサイトの全展示場に小さなブースがひしめいていて全部を見て回ることはとても無理。今回は全通路の1/4ぐらいを歩いただけ。全ブースを丁寧に見て回ったら丸3日かかるだろう。それほど巨大で小さな雑貨が山のようにある。

でも実は昨年ほど面白くなかった。飽きたのかも知れない。それより私が物質的なものに興味をなくしてきたのかも知れないと思った。きれいなモノやかわいいモノに便利そうなモノがいっぱいなのに惹かれるものがほとんどない。

そんな中でカタログをもらったのは写真を入れたクリスタル置物と携帯電話用に太陽光で発電する充電ストラップと水槽などの水の水質浄化剤の3点だけ。置物はともかく防災品というか災害サバイバル品にだけは目が行った。

パソコンの使い方 (9月3日・水)


パソコンを使うことが得意ではない知人から基礎的なことを教えて欲しいと依頼を受けた。彼はメールを読んで返信したりインターネットで検索ぐらいはできるがメールにファイルを添付したりURLをメールで知らせるようなことはできない様子。少し操作をやってもらい観察してみた。

気づいたのは基本が分かっていないということだった。例えばダイアログが出たときにOKしてくださいと伝えたら右上の×印でダイアログを消そうとした。あるいはタスクバーに同じソフトが2つ起動していたから一方を終了させてくださいと言っても何をすればいいか分からない様子。

パソコンを前にして根本的なことを教えていくと時間がかかる。そこで書店に行って本を買ってきた。スタートメニューからアプリケーションを起動する方法とかウィンドウのサイズを変える方法など基本中の基本が書かれたような。書店の本はほとんどがVista版だったがXP版を買った。

聞けば日本語入力ができなくなることがあるそうだから言語バーの出し方とか入力方法の切り替え方法などを別途WORDファイルにまとめてみた。パソコンを使っている人でもレベルは様々。今やれることを自信を持ってできるようになれば先は明るい。今のやる気に応えたいと思う。

花火のベストポジション (9月2日・火)


季節は過ぎたが何年か前に誘われて隅田川の花火を見に行った。といっても知人のマンションの屋上。楽に見られたが遠かった。鳴門の花火を実家の2Fベランダから見るのと変わらないような。花火の感動は打ち上げ本数の多さより距離に反比例すると思う。近い方が面白い。

鳴門の花火は実家から多分800mぐらいのところで打ち上げられている。子供の頃は実家から見るだけで満足だったが家が建って見にくくなった。あるいは打ち上げ場所が変わると民家に隠れたりする。それで10年少し前から同僚と一緒に近くまで見に行くようになった。

と言っても近くで見たのは最近10年で3回ぐらいだ。妻と行ったのは2000年と2001年。2000年には今は懇意にしているJ氏/Z嬢に偶然会ったのにあまり話をしなかった。それはさておき当時は打ち上げ場所から100m弱の地点から見ていたような気がする。

近いと迫力は大きいが角度が高くて首が痛くなる。それで今年は少し距離を置いて見た。それでも打ち上げ場所から300m〜400mぐらいだと思う。ところが風下で花火のカスが降ってきて結構被った。それはそれで迫力の一つか。花火のベストポジションはなかなかに難しい。

首相辞任と年金問題 (9月1日・土)


夜21時半頃。見ているわけでもないテレビが記者会見場を映していたから何だろうとテレビの前に行ってみたら程なく会見が始まった。何と福田総理大臣が辞任だと。調べてみると昨年の安倍首相の辞任会見は9月12日だった。そうだ昼にラーメンを食べていて知ったのだった。

あのときに比べ今回はあまり驚かなかった。感想もない。なぜだろうと考えるまでもなく最近1年の政治情勢に私は関心を持っていなかったのだ。政治的なトピックは何があったのか思い出すこともできない。北海道でサミットがあったとか中国毒餃子事件があったぐらいだろうか。

それより年金が大変なことになっている。福田首相に責任はないが将来のために書いておくと企業と社会保険事務所がグルになって詐欺を行ったという事件である。社員から天引きで厚生年金保険料を徴収しながら企業が納めた保険料が少なくて受け取る額が少ないという話。

業績が悪い企業に対して社会保険事務所がその場しのぎの知恵を付けたと報道にある。これを国家による詐欺と言わず何と呼ぶ。社員から保険料を騙し取ったのだから。政府行政はもう滅茶苦茶かも知れない。そんな我が政府に私たちができることは何なのか。

<Diary Index Page>
<Top Page>

© 2008 Takashi INAGAKI