2011年9月

徳島市内ウロウロと元同僚のK川 (9月29日・木)


28日(水)は忙しい一日だった。11時半頃出て途中でうどんを食べてまずはホテルグランヴィリオ。県庁の隣にある旧プリンスホテルである。ここで上勝TVスタッフのるぱんと待ち合わせDVDを受け取る。技術統括M君が忙しく急きょ映像の編集を頼んでいた。

一旦駅近くまで行き三菱東京UFJ銀行徳島支店。会社の通帳が満杯になって更新に行ったのだ。こんなことでもいちいち駅前に行かざるを得ない面倒さ。その足でみずほ銀行徳島支店に行って入金。義母のマンションの引き落とし口座に補充。続いて阿波銀行本店で通帳の繰り越し。

取って返して県庁で会議。狭い会議スペースに合計7人。2時間以上かかってクリアした懸案と新たな課題。でも何か見えてきた気がする。終わって東京や上勝と仕事の電話を何本か掛けテレビトクシマへ。さっき受け取ったDVDを受け渡し。上勝TVがCATVでも放送される。

さて県庁1Fホールで女性と目があった。思い出すまで2秒かかった。昔のままの美人さにひるんだのだ。元同僚にして社長秘書だったK川A子。13年ぶりだ。3月に飲んだ夫君のEによるとお嬢さんがお琴で全国優勝したはずだ。名刺によると徳島県邦楽協会常任理事。仲間の活躍がうれしいぞ。

同窓会 3 (9月28日・水)


同窓会で会った仲間の中で最も感動したのは250人の社員がいる西精工N社長の話だった。西精工は彼のお祖父さんが創業し父上や叔父さんらが継いで来たらしい。ところが従兄弟が若くして急逝し急きょ東急エージェンシーから徳島に戻り跡を継いだと。

徳島県教委F川の話によると西精工N社長の文章が道徳の副読本に掲載されているらしい。その経緯も聞いた。工場見学に来た生徒から「毎日同じ仕事で飽きないですか」と質問されたことに対する文書による回答なんだとか。概要は聞いたがきちんと読んでみたい。

企業トップとして明るくいられる理由を2次会で訊いた。母親の性格を継いだからだろうと言う。それでも苦しみはないのかと重ねて訊いた。彼は何年か前から社員が幸せになることが自分の幸せだと思うようになって楽になったと答えた。お題目ではない。やっていることが徹底している。

売上が減ったとしても社員のストレスを減らすことをするのだと。大家族主義を掲げ飲み会には社員の子供も来ると言う。そうしてきたのだと。徹底して対話をして5年掛けて全社員に禁煙させたとも。中学1年と3年で同じクラスだった彼が努力をして自信を持って経営を語る姿にとても感動した。

同窓会 2 (9月27日・火)


24日(日)の同窓会は楽しかった。産婦人科I川とは2年前にも会ったのに家庭のことは知らなかった。Facebookで繋がって同じ高校だったと知り驚いた美人社長T岡とは最近ときどき会うが起業の経緯は初めて知った。2次会でも話したがモノの見方が私と一緒。うれしい。

33年ぶりに会ったA嬢はIBMにいたと噂で聞いていていつか会うだろうと思いながら20年が過ぎた。聞けば2年と3年で同じクラスだったようだ。徳島大学でジムニーに乗っていたという話は聞いたことがあった。でも電気系学科だったとは忘れていた。何せ33年間会わなかったのだから。

K川と会ったのは彼が駅前で花屋を営んでいたときだから多分13年ぶりぐらいか。奥さんはバレエの熊川哲也の親戚らしい。そんな話も。T石が京都で勤めていた頃のヤクザとの話は面白かった。救急救命医F田の震災後の話も興味深かった。自衛隊の輸送機で岩手に行ったらしい。

この日はA嬢が高松に汽車で帰りT石も帰り2次会に行ったのは残り7人。そこでも随分と話をしたが33年を埋めるにはあまりに短い。また集まりたい。180人4クラスの中学時代の団結は一瞬で蘇る。楽しかった。さてこの日いちばん感動したのは西精工N社長の話だった。これは明日にでも。

同窓会 (9月26日・月)


24日(日)は中学時代の友人8人と会ってきた。徳島市の総合病院で産婦人科医を務めるI川と250人の従業員を抱え今や徳島を代表する経営者になりつつある西精工のN社長がFacebookで繋がったのがきっかけ。私が加わり3人で会おうということになった。そこからメンバーを広げて。

Web制作会社の美人社長T岡に不動産会社を起業し私も世話になっているT石社長。さらにIBM出身でフリーでWeb制作をやっているA嬢。末広の花屋の店主K川(旧制N)氏に徳島県教育委員会職員にして我が「響」団長のF川。徳島赤十字病院の救急救命医F田。

西精工N社長とは中学の卒業旅行にも行ったのに会ったのは33年ぶり。高松から来たA嬢も同じく。この2人と話をすることを楽しみにして行った。店はT岡嬢がWebを制作したという「かめ井」。早く着きすぎたら店の前にA嬢がいて33年ぶりの立ち話。すぐにN社長も来て33年ぶりの立ち話×2。

よく知らなかった皆の33年間を聞き大いに話した。1次会最後に県議会議員の中山氏が城南高校の同級生だという奥さんと来て挨拶。2次会はOSグランド跡にあるバー「ホグスヘッド」。Long Barにいた大隅君がやっている。そこに我が「響」指揮者のSが女性連れで。その日は徳島泊。

『前へ!』 3 (9月25日・日)


麻生幾『前へ!―東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』(新潮社)の第3章は政府中枢や自衛隊と警察さらに医師たちの奮闘の記録である。混乱の記録と言ってもいい。国民が固唾をのんで見守っていた裏はこんな滅茶苦茶だったのだと知って唖然とする。

例えば福島県警のヘリコプターが福島第1原発1号機の爆発を見つけ県警本部が警察庁を通じ内閣危機管理センターに報告しても原子力安全保安院は誤報だと一蹴したらしい。被災した県警本部のビデオ通信機能は失われており最後は携帯電話で撮影した写真を証拠として送ったと。

福島第1原発で電源がなくなり警察が先導して電源車を原発に集めたら電圧規格が合わず使えなかったとか警視庁の高圧放水車の扱いについても東京電力からの依頼が二転三転したとか。高圧放水車に慣れた機動隊員を集めるはずが全く違う放水車オペレータを集めてしまったとか。

災害派遣された自衛隊についても詳しいが一時は燃料がなくなりかけたらしい。政府が統制して元売りが自衛隊に卸さなかったとか。何が政治主導だ。大臣たちの評価も挙げられていて大畠国交省と北澤防衛相と枝野官房長官はプラス。海江田経産相に管首相はマイナス評価。なるほど。

『前へ!』 2 (9月23日・金)


麻生幾『前へ!―東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』(新潮社)の第2章は国土交通省東北地方整備局の「あのとき」だ。人命救助のため各地から来るだろう自衛隊や消防が現地に入る道路を確保するため震災当日から数日間に彼らがやったこと。

状況把握のためのヘリコプターには職員が搭乗するのが通常だが一刻を争うため運行委託のパイロットだけで飛行したら数十分後に空港が水没したとか車で出掛け橋の陥落や道路状況を把握しても通信手段がなく徒歩で事務所に戻ったといった描写に緊迫感が伝わってくる。

南北を内陸部で結ぶ国道4号線から東に延びる16本の国道を集中して「啓開」する「くしの歯」作戦を立て任務の遂行に民間企業が集合したとも。ただ道路の瓦礫に遺体があり重機が使えず警察などと協力して手作業で撤去していったといった苦労もあったらしい。

さらに東北地方整備局は通信機材や人材までも市町村に派遣したらしい。彼らは交渉のスペシャリストで中央省庁相手に市町村職員として仕事をしたと。その前代未聞の仕事の裏に大畠国土交通相の大胆な指揮があったとも。全く知らなかった彼らの仕事。この章に私は一番感動した。

『前へ!』 (9月22日・木)


福島第1原発3号機が爆発したのは3月14日だった。自衛隊のヘリコプターが空中から散水したのは17日。その前後に誰が何を行ったのか。逆に誰が何をしなかったのか。この本の第1章から垣間見える。麻生幾『前へ!―東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』(新潮社)。

3月14日。3号機に注水用ホースを繋ごうとした自衛隊員は爆風に飛ばされ負傷した。このとき3号機は安定していると東京電力からは説明を受けていたらしい。さらに17日の放水にあたり核燃料貯蔵プールの正確な位置は東京電力から最後まで説明がなかったと。現場の怒りが伝わってくる。

あるいは自衛隊に本来の指揮系ではない海江田経済産業相が指示することが頻発した。17日に東京消防庁ハイパーレスキュー隊が海水を汲み上げ放水した際には一度失敗したことに激怒した経産相が気まぐれな指示を飛ばし現場の自衛隊指揮官が独自に判断し決行したとも。

東京電力がいかにいい加減な組織か。あるいは原子力安全保安院がいかに暢気で無能だったか。繰り返し具体的に描写している。現場を美化しすぎている嫌いもあるがあのときに何があったか知る一つの手段ではある。改めて身の危険を顧みず「前へ」進んだ防人たちに敬意を表す。

台風15号の浸水被害 (9月21日・水)


火曜夜。台風15号が四国沖を東進していた。今季3度目の台風。先週あたりから沖縄あたりに何日も停滞していて当時は985hPaだった。だからあまり気にしていなかった。ところが昨日四国に向かってきたとには何と940hPa。それはまずいと思いつつ徳島は進行方向左側だから多少は楽観。

実際に私が住んでいるあたりでは風は弱かった。雨も7月のときの方が強かった。でもツイッターを見ていると徳島市や鳴門市は状況が緊迫している。特に鳴門の新池川は23時や24時に氾濫危険水位を超えていた。新池川が氾濫すると実家や父の実家は水没する。これはまずい。

そんなことを心配していたら眠れなくなりベッドで本を読みながら台風情報をチェックして寝たのは夜が明けて周辺に異常がないことを確認できた6時半。朝8時半に起きて再びチェック。実家に電話したら床下浸水したらしい。玄関の土間は15cmぐらい水に浸かったと。

上勝の被害は少なかったと思うがツイッターによると徳島市内も田宮や大野に住吉さらに川内とか水没情報が続々と。台風は955hPaで静岡に上陸。東京は進行方向右側に位置したから夕方から電車が止まり大変な混乱状態だったらしい。やれやれ。

お酒の祝賀パーティ (9月20日・火)


月曜は地元の月ヶ谷温泉で開かれた「上勝の棚田米の美酒を試飲する会」に行ってきた。9月に発売されたお酒と焼酎の誕生を祝う立食パーティである。隣の勝浦町出身の県議会議員・岡本氏の議長就任お祝いなども併せて行われた。当初は9月頭の予定だったが台風で延びたのである。

ところが今回も九州沖に迷走台風があり雨。温泉へは送迎バスで行くつもりだったがバス停まで歩くだけでずぶ濡れになりそうだ。そこでお酒の名前を考えたコピーライターN氏に電話したら運良く上勝に向かっているというので迎えに来てもらった。会場には彼のベンツで早めに着くことができた。

お酒の会なので乾杯は日本酒。会場には地元の見知った方々が多数。もちろん本家松浦酒造の松浦素子社長も。お父上の会長とは4月以来。そして初めて明本さんとも話ができた。上勝町議会議員にして元同僚のお父上である。パーティ後半に松浦社長やN氏らもご紹介。

20時閉会で送迎バスに乗らず温泉で2次会。写真家N氏コピーライターN氏とデザイナーF氏。松浦社長も。隣で飲んでいた地元の方々とも入り乱れて22時過ぎ。帰りはN氏の奥様T嬢の車で。待ってもらって送ってもらいありがとうございました。私は事務所でさらに飲んで酔っぱらい。

空港往復と来客そして宴会 (9月18日・日)


9時50分に上勝を出発。今日は妻が東京出張に行くので空港まで送ってきた。空港に11時頃到着。駐車場がほぼ満車でびっくり。連休で遊びに行った人が多いのだろうか。空港内でいつものように徳島ラーメンを食べて私は「神山すだちサイダー」を買って帰ってきた。

午後は来客。ツイッターで知り合った「たけ」さん。香川の最西端から。聞けば20年来の阿波おどりファンで阿波おどりの有名連である阿呆連の10年来の追っかけなんだとか。今年の阿波おどりでUstream配信をしていることを知りスタッフと知り合いになり上勝TVを見てくれるようになり。

彼のことは上勝TVパーソナリティM嬢の名前を出して香川から電話で上勝のお酒を注文してくれたことで知った次第。上勝にも関心を持ってくれ今日は遊びに来てくれた。まずは我が事務所へ。M嬢に電話してお店を開けてもらい高鉾建設酒販事業部にも。2本お買い上げ。ありがとうございます。

夜は今日から私が一人暮らしだと知っている地元の友人たちが食材やビールとともに訪ねてきてくれた。アニメ「マッハGoGoGo」やテレビドラマ「ナイトライダー」の話題から男女の話に高校ラグビーの話など。ビール(発泡酒)500mLを多分5本飲んで酔っぱらった連休中日。

『再起』 (9月16日・金)


前書きにこうある。「今現在、東北の復興の足を引っ張る物があるとしたら、それは無能な政治家と日本人の無関心である。」宮嶋茂樹『再起』(KKベストセラーズ)。8月に発行されたこの写真集はコラムニスト勝谷誠彦氏のメールニュースで知ってアマゾンのカートに入れていたのだと思う。

著者は言わずと知れた報道カメラマン。カンボジアやイラクなど戦場での写真を主に週刊文春に発表し続けている通称「不肖・宮嶋」氏。著者は山梨で震災に遭い東京に戻って3月12日には東北に入ったらしい。20km地点のラブホテルに泊まっていたところで原発の爆発に遭い逃げたとも。

そのときは途中で車がガス欠になり車に乗せていた原付に2人乗りで50kmまで逃げて再びガス欠といった短い日記もある。戦場なら象徴的な写真を撮るのが仕事だがこの震災では撮っても撮っても全体像が伝えられないという初めての経験だとテレビで言っているのも見た。

この本は時間を追いながら凄まじい被害状況の写真から始まり自衛隊や米軍の活躍のこと。そして音楽の力。自衛隊が提供した風呂に入った幸せ。人々の強さ暖かさ。子供たちの笑顔と続く。写真を見ながら短い文章を読みながら何度も涙が出た。

電子書籍 (9月15日・木)


シャープがガラパゴスの販売を終了するらしい。ガラパゴスは電子書籍を読むためのタブレット端末だ。太平洋に浮かび生物が独自に進化した島の名前であるガラパゴスは日本独自仕様の携帯電話などを指すネガティブな用語であってシャープが敢えてこの名前を付けたことは話題になった。

シャープにはザウルスという一世を風靡したPDA(電子手帳)もあった。恐竜が進化した新しい場としてのガラパゴス。注目を集めたのだが9ヶ月で終わった。一方で今日は講談社や小学館にインプレスなどが書籍の電子化を代行するサービス会社を共同で設立するというニュースも読んだ。

電子書籍は昨年来注目されているが米国に比べ日本は話題だけが先行している。アマゾンのKINDLEは日本語書籍がまだないはずでソニーのReaderについてはよく知らない。アップルのiPadが日本で最も普及しているのだろうが電子書籍を読むための端末という認識が私にはない。

もう20年近く前に京セラが大手出版社を巻き込んで企画したRefalo(リファロ)をJ社で担当していた先輩で仲が良かったK川さんは今やインプレスの取締役子会社の社長などを務めている。今回のプロジェクトにも関わっているだろう。少し電子書籍の動向を追っておこうと思ったりした今日。

大臣の辞任とマスコミ不信 (9月14日・水)


9月2日また新しい総理大臣が誕生した。野田佳彦氏だ。民主党政権になって鳩山さん管さんに続いて3人目。ところが9月11日には新任の経済産業大臣・鉢呂氏が辞任した。福島第1原発近くを視察した感想を問われ「死の町」と表現したことが問題視された。

さらに東京に帰り防災服のままで記者の囲み取材を受けた際に「放射能つけてやる」と言ったと報道された。ところが鉢呂氏はそれを辞任会見で否定。最初に報じたフジテレビは記者が現場にいなかったと報道されて混乱している。なおフジテレビは現場に記者はいたと言っているらしい。

ツイッターの論調は新聞とは真逆で鉢呂氏に好意的だ。大臣就任前に子供の被爆量基準を1mSvに引き下げるよう働きかけていたことや政府の総合資源エネルギー調査会が原発賛成派12人反対派3人の委員だったものを同数にする新人事が発表直前だったと分かりさらに騒ぎが広がった。

経産省の陰謀だという説もある。それは私には分からない。ただ電力会社の広告費に経営を依存する大手マスコミが脱原発を進める大臣を追いやったという説明には納得している。福島第1原発周辺が「死の町」であることは事実である。事実を問題発言だと騒ぐマスコミこそ信用できない。

9.11 (9月11日・日)


10年が経った。ハイジャックされた2機の旅客機が米国ニューヨークの世界貿易センタービルに衝突してビルが崩壊してからだ。あのビルの映像は象徴になったが飛行機は4機あった。私はただテレビで見ただけのことなのに今も当時の状況を思い出すことができる。

当時は東京都世田谷区南烏山の2DKのマンションに住んでいた。妻と同居して1年半。結婚して1年。今も愛用しているソファに座ってニュースステーションを見ていたのだと思う。今朝読んだツイッターによるとキャスターの久米さんは夏休みでいなかったらしい。それは覚えていない。

当時の日記によると2時半までテレビを見続けたと書いている。あのときツイッターがあったら米国の現場近くから写真とともに生の情報が発信され読むことができただろう。でもインターネットのニュースサイトは今ほど充実しておらず情報はテレビが頼りだった。

9.11の翌2002年。語学留学していた妻を迎えに8月にニューヨークに行った。世界貿易センタービルの跡地グラウンド・ゼロにも行った。亡くなった人たちの写真が飾ってあって涙が出た。今日は夜になって追悼番組を見た。10年前の部屋の様子や9年前のニューヨークを静かに思い出した。

倉庫の片付けとテニス (9月10日・土)


昨日は深夜まで紅茶梅酒がツイキャスをやっていてついベッドの中からもiPhoneで見てしまい寝不足。7時半に起きて地元の町おこし組織「1Q(いっきゅう)運動会」が倉庫の整理をするというので行ってきた。体育館下にある倉庫に棚を設置するための予備整理の作業らしい。

ほとんどの荷物の場所を移動させたが私は木の板を運んでいてコンクリート製の低い梁に激突。額左に血が滲む程度で済んだが今も痛む。さて不要なものもいっぱいあって軽トラ2台に満載してゴミステーションへ。仲間たちとの共同作業は結構楽しい。8時から始め9時40分頃には終わった。

勝浦の美渓でラーメンを食べ昼寝をしていたら14時に起こされた。テニスに行くのに寝坊した。上勝の月ヶ谷温泉のボロボロなコートは改修中とかで今日は徳島市勝占。上勝の仲間たちが三々五々集まり総勢8人。真夏の日差しで暑いのなんの。17時まで。

上勝に戻って私たちは高鉾建設酒販事業部でお酒を調達して注文してあった料理が届けられて夜はテニスのメンバーが集まって宴会。近所のMちゃんにS氏にT氏さらにF氏家族。スポーツをした後のビールが美味しい。テニスには来なかったN氏さらにT氏も遅れて参加して議論沸々。

上勝のお酒 (9月9日・金)


ツイッター仲間のkouchaumesyu(紅茶梅酒)が夜ツイキャス(Twit Casting)でお酒を飲んでいた。ツイキャスはUstreamと同様ライブ配信システムだが動画が軽くより気軽に配信できる。紅茶梅酒は週末深夜にお酒をテーマに飲みながら一人で話していて多いときは20人ぐらいが見ている。

今夜のテーマはこれだった。「上勝の棚田米と湧き水と負けん気でこっしゃえた純米吟醸原酒」と「上勝の棚田米と負けん気でこっしゃえた米焼酎」。両者とも9月1日に発売された。違いは上勝の「湧き水」を使った日本酒と使っていない焼酎。どちらも上勝で生産された米を使っている。

日本酒の製造と販売および焼酎販売は鳴門の本家松浦酒造が担当している。J社で同期だった友人M嬢が今年4月社長に就任した会社だ。これまでM嬢と何度も上勝で会ってきたのはこのプロジェクトがあったから。この長ったらしい商品名は元同僚のコピーライターN氏によるものだ。

PDAの師匠でパソコン専門誌のM氏は松浦酒造のサイトから注文してくれた。企画販売の高鉾建設酒販事業部には香川から注文電話があったらしい。「上勝TV」の視聴者だった。店舗もできていて今週月曜に行ってきた。町を元気にしようと熱い気持ちで作られたお酒だ。ぜひ応援して欲しい。

1000年に一度の豪雨 (9月7日・水)


3月11日にあった東北地方の大地震が1000年に1度の大きさだったと言われるが日本列島はアジア大陸の東端から徐々に引き離されてきたことを考えれば地球の歴史の中では何十万回か何百万回か繰り返されてきた地震だと言える。ただ2011年に起こったことが問題になっているだけだ。

台風の被害も同じだと思う。日本全体については知らないが前に読んだ『徳島県 地学のガイド』によると徳島は海底に堆積した土砂が隆起してできた土地だ。それが降雨によって削られて川ができ残った部分が山になった。これほど急峻な山が残るまでどれほどの雨が山を削ったことか。

そう考えると1000年に一度なのかは知らないが猛烈な雨によって地形が変えられるということが繰り返されてきたのだろう。その大きな流れの中にあっては今回の和歌山や奈良の土砂崩れでさえ微々たるものだ。降雨によってもっと大きな地形変化は起こりうるということだ。

私にできることは今回クラスの降雨にあっては命を守る対応を取ること。それともっと巨大な降雨被害が私が生きている間には起こらないように祈ること。最近1000年の常識にはない雨がいずれ降るだろう。その雨に飲み込まれるなら諦めるほかないがむしろ常識の中にある豪雨が怖い。

台風被害 (9月6日・火)


先日の台風被害は6日夜の報道によると全国で死者47人に行方不明者56人に及ぶと言う。特に和歌山や奈良で被害が大きい。台風は高知市の東あたりに上陸して高松の西から岡山を経由して日本海に抜けたが雨雲の動きを見ると紀伊半島にぶつかり続けていた。

和歌山の東南端にある那智勝浦町の被害も伝えられる。那智勝浦出身の元同僚I氏は携帯電話を持っていない実家のご両親としばらく連絡が取れなかったとFacebookに書いていた。ご両親は避難していたらしい。今は家に戻ったそうだが断水していて温泉水を飲んでいるとか。

那智勝浦には地元の視察で昨年秋に行った。色川という山の中の集落に行ったが宿泊は海岸沿いだった。ニュースで色川の名前は聞かないから無事であろうと推測している。でも直撃を受けた徳島にいた実感として被害がこれほど大きくなると思っておらず少なからず驚いている。

あまりの降雨量に深層崩壊が起こった場所が多かったらしい。これは人ごとではない。この台風が四国の西を北上したなら徳島の山間部は今回の和歌山の被害を受けたかも知れない。次は徳島の山間部が被害を受ける番かも知れない。改めて台風の怖さを心に刻んだ。

サンフランシスコのJavaOne (9月5日・月)


金曜日。UstTodayのスタッフが配信を担当しITmediaの浅井氏が司会をする「Workstyle Change!」というUST番組にゲストの夏野さんがJavaOneでの講演の話をしていた。夏野氏はNTTドコモでiMODEを企画した人物だ。それで思い出したので記録しておこう。1996年の第1回JavaOneのこと。

Javaは米国のコンピュータメーカーであるサン・マイクロシステムズが開発したコンピュータ言語の一種だ。これがOSに依存せずインターネットでの表現を高めるとしてソフトメーカーから強く支持されようとしていた。そしてJavaに関する見本市が開催された。それがJavaOne。

第1回のJavaOneは米国サンフランシスコで開かれた。確か5月下旬だったと思う。私は別の仕事があって米国に2週間ぐらい滞在したように思う。行動は同僚で英語がぺらぺらだったA氏と一緒。あちらのPR会社の担当者と話をして現場で何か修正してもらうために英語で話した記憶はある。

展示会場の表でタバコを吸っていたらイスラエルの技術者が話しかけてきた。私がワープロソフトの会社で働いていると話すと彼は日本語は左から書くのか右から書くのかと訊いてきた。左からも書くし縦書きもあると答えると彼は「それじゃぁ渦巻きになるのか」と笑った。記憶が既に断片的。

台風12号と上勝TV (9月4日・日)


木曜に8日ぶりにアルコールを飲んで金曜は発泡酒を2本だけ飲んだ。台風が気になって寝たのは3時頃だったと思う。土曜はやはり台風が気になって7時半頃起きた。ベッドの中からiPhoneでツイッターを覗くと何と台風はまだ太平洋にいるという。瀬戸内に抜けているはずだったのに。

徳島市内では強風で大変だというツイートも見たが私が住んでいる辺りでは風は大したことはなかった。雨も7月の方が強かったように思う。前の川も流量は多いが濁ってはない。でも近所T氏の地区では今回は道路が崩れたと言う。台風は遅々として進まず18時頃にようやく高松付近。

夕方になり上勝の天候は落ち着いてきたので「上勝TV」は予定通り配信した。ただしゲスト出演をお願いしていた本家松浦酒造M社長は出張先の松山から交通規制でなかなか帰って来られず今回は休んでいただくことにした。台風と交わる帰路でFacebookによると渋滞もあり大変だったようだ。

さて配信は20:50過ぎから始めたのだが上勝の農家B氏の話がとてもうまかったのとスダチ料理を食べていちいちパーソナリティが反応するから30分予定が50分近くまで。今回もソーシャルストリームに参加してくれた皆さんのタイムラインが楽しかった。急いで帰宅して後半見てくれた静岡の方や配信前から30人近くが待機してくれていて。皆さんに感謝。

台風12号 (9月2日・金)


台風の夜である。台風12号は3日午前1:30現在975hPaで室戸岬の南80kmの海上にある。予想進路は北北西。午後は965hPaだったから徐々に勢力は落ちている。とは言え進路の右側に当たる徳島は全域で暴風雨に晒されそうだ。現在の予想では朝6時頃上勝に最接近しそう。

今日はずっと雨続きだが7月のときほど風は強くない。ずっと一定量の雨が降り続いている感じがする。それよりも停電である。22時からUstream番組「109U」を見ていたのだが23時を回って上勝は停電。1分ほどで復旧したと思ったらすぐ停電。都合4回断続的に電気が止まった。

うちはUPS(無停電電源装置)を2台入れているので停電でもPCの電源は落ちない。ところがネットには繋がらなくなった。ルーターもハブもUPSに繋いでいたのに大元のCATVのSTBを忘れていた。109Uが終わってSTBもUPSに繋いだら今度は停電でもないのにネットに繋がらなくなった。

よくよく調べたらSTBのWAN端子からケーブルが抜けてしまっていた。何という間抜けな。そうこうしていると24時回ってからまた停電が断続的に4回。その間はiPhoneとドコモのモバイルWi-Fiルーターでネットにアクセスはできていたが。ツイッターによると生実では停電が続いていると。うーん。

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© 2011 Takashi INAGAKI