2005年6月

「日本人なら知っておきたい神道」 (6月30日・木)
武光誠「日本人なら知っておきたい神道」(KAWADE夢新書)を読んだ。
日本における神、神社の歴史など神道を手っ取り早く紹介している本。
こっちの本は、浅く広く。本当の理解ではないが分かった気にはなる。

「日本人のための宗教原論」 (6月29日・水)
小室直樹「日本人のための宗教原論」(徳間書店)をようやく読み終えた。396ページ。
世界の主要宗教の解説。キリスト教、仏教、イスラム教、儒教、そして日本人と宗教。
ユダヤ教を含め分かったような分からないような。私にとっては内容が深く広かった。
基本的なことは勉強にはなった。日本人の宗教観が世界の中で特殊だとよく分かる。

心の余裕 (6月28日・火)
急救外来でいたときも、義母の搬送で来た救急隊員を見ても思ったことがある。
彼らは、急ぐべき場にいながら急いでいるように見えない。焦りがないのである。
キビキビしていて、目の前のことだけに集中して次の仕事に移る。その繰り返し。
安全に確実に行う心の余裕を感じた。ちょっと感動。仕事とはそういうものだ、と。

通院 (6月27日・月)
今日で病院10日目。膿が溜まった重い痛みはもうないがときどきチクチクと痛む。
医者によると膿はまだ出ているらしい。今日はメスで3mmとさらに数mm切られた。
これでダメなら入院して手術なんだとか。とは言え熱もなく、昨日からビール解禁。
11日間の禁酒はここ12年で最長だろう。毎日通院10日というのも経験ないのだが。

お祓い (6月26日・日)
母が病院の検査に失敗して逆に病気になったこと。私が通院していること。
妻も転んで怪我をした膝が化膿し杖で歩いていた。そして、義母の緊急入院。
そういえば義母が気にしていた。墓を建てると悪いことが起こると言うよ、と。
弟に聞いたら彼は元気だけれど。やっぱりお祓いを、というのが周りの意見。

妻の妹 (6月25日・土)
詳しくは妻の日記にあるが、妻と10歳年下の異母妹との初対面に付き添った。
妻のお父さんが建てた家。前回の墓参りのとき前を通って、教えられていた。
42歳と32歳。お互いの存在を知りつつ初めて会う状況は穏やかに話が進んだ。
多分性格も似ていると思う。妻の心も解けたようで、そのことに私は感動した。

パーティ (6月24日・金)
勤務先その2の総会。講演会とパーティの受付業務のため虎ノ門パストラル。
勤務先その1から徒歩。地図を見ると電車で行くより歩く距離が短いと思い。
懸案はスーツのズボンが穿けるかどうかだったが、ベルトともに無事クリア。
痛み止めが効いていたが夜になると痛む。土日も急救外来で治療の予定。

50005 (6月23日・木)
50000アクセスは、またも、もみ君。前回に続き証拠のシャメ付き。
50005はyabushoさん。数字としてきれいだからと報告いただいた。
実は朝、私もアクセスすると50003だった。うーん、前後は誰だろう。
幸運はもみ君。景品はないので幸運ではないんだけど。ごめんねー。

50000 (6月22日・水)
この下にあるアクセスカウンターが50,000を目前にしている。過去ログを見ると、
40,000は、昨年9月25日。以来9ヶ月弱。1日平均37。私を除けば平均35アクセスか。
40,000は当時も今も学生のもみ君。今回も50,000と前後の方はぜひご連絡下さい。

痛さ (6月21日・火)
小学校4〜5年の頃、脇腹に膿が溜まったことがある。ベルトが当たる位置で痛い。
直径3cmの富士山型。どうしたか。ガスレンジで熱して消毒した針で母が突いた。
そのまま母が膿を絞り出した。もちろん麻酔もない。あの痛さは尋常でなかった。
絞り出した後、傷口には5mmの穴。あのときの痛みに比べれば、どれも小さい。

緊急処置 (6月20日・月)
土曜日の救急外来。4つのベッドがカーテンで仕切られた処置室で長く待たされた。
その間、他のベッドの会話が聞こえる。電話もひっきりなし。聞くともなく聞いてると。
ほとんど問診だけで帰されていた。そこは診察する場でなく緊急処置の場なんだと。
30歳ぐらいの男。彼女と来てフラフラすると言っていたが、何もされずに帰っていた。

うみ (6月19日・日)
今日も病院11時。予約されていた救急外来。待ち時間は少なく20分ほど。
何かを突っ込まれ膿を絞り出され巨大な注射器のようなもので中を洗浄。
10分程度で終了。直後は楽になるけど時間が経つと膿が溜まり重い痛み。
食欲はやや回復したが37.4度の熱と頭痛。動いてもじっとしてても辛い。

メス (6月18日・土)
化膿したヘソが痛くて眠られず。痛み止めも効かず。とても我慢できず別の病院に行った。
胎児の臍の緒の先が残り化膿する病気で2年前入院手術した弟に電話すると症状が同じ。
巨大な医療センターの救急外来。CTスキャンの後、膿を出すため一部にメス。痛い痛い。
今度は別の痛み。熱が出て食事もできず。高校の同級生の結婚祝いがあったけど欠席。

ヘソ (6月17日・金)
ヘソが化膿して痛いのである。悪くなって2週間。病院に行った月曜から周りが腫れ。
熱を持ってとにかく痛い。腹筋を使うと痛む。歩いても寝ても笑っても何をしても。
木曜に再び病院。専門外の医者。内服薬だけもらって痛み止め飲んで堪えている。
今日の宴会も欠席し妻に替わり禁酒3日目。ビールはいらない。痛みさえ治まれば。

「数学を使わない数学の講義」 (6月16日・木)
小室直樹の本をもう一冊買っていた。「数学を使わない数学の講義」(WAC)。
初版は1981年の「超常識の方法」。このタイトルには記憶があり昔読んだかも。
が、そうと知らずに買い内容も記憶がなかったが、改めて面白いとお奨めする。
懐かしい対偶も思い出した。論理学や集合論の基本が分かる。何となくだけど。

霊魂感は物語 (6月15日・水)
先週の週刊新潮。靖国参拝への意見で、哲学者・池田晶子氏の論点が面白い。
「英霊の戦争責任を追及する中共は、霊魂を認めるなら唯物思想はどうなった。
他国の宗教を責める前に自らの霊魂感を明らかにせよ。日本も中共も、人間の
霊魂感は全て物語であって、それを自覚するなら何が問題なのか」と。参った。

渋谷かまくら (6月14日・火)
前職時代の同僚O氏からお誘い。渋谷。元職と現職含め法務担当4人と私。
全日空から今は弁護士事務所にお勤めという酒豪の旧姓Mさんとは7年ぶり。
ラテン語の合唱団で歌うという今は特許事務所にお勤めのWさんとも同じく。
現職O氏とN氏とはときどき。話題は昔とこの間のこと。とても楽しかった宴会。

お父さんの死 (6月13日・月)
妻が幼いとき両親が離婚。お父さんは新しい家庭を持ち幼い妻はそこに何度か電話した。
お母さんは妻を育てるため大変な思いをした。だからお父さんを恨むのも仕方ないと思う。
妻は世間に反発し、その境遇をバネに人生を切り開いた。私はそういう妻を尊敬している。
だから、お父さんの楽しい思い出と悲しい記憶で揺れる妻の気持ちが、私にはとても辛い。

いわき (6月12日・日)
土曜日、妻のお父さんの墓参りに行ってきた。お父さんの仕事仲間Yさんを頼って。
そのYさんに駅に迎えに来てもらい会った直後、妻が転び膝と手を怪我してしまった。
車中で手当しながら話。墓参り後、Yさんが支払いまでしてくれたホテルでも話を聞く。
一緒に夕食、街に行きスナック「KOKORO」。膝が悪く、日曜13:19発の電車で帰京。

幕張 (6月10日・金)
7時過ぎに家を出て幕張。勤務先その1でのボスのパネルディスカッション。
その中のデモに使う機材を運びセッティング。接続は意外にあっさり終了。
が、肝心のデモでハブの電源が抜け中途半端。最後にやり直しせて、ホッ。
帰りは、京葉線でうっかり東京駅まで行ってしまい歩く歩く。散々な一日。

皇国史観 (6月9日・木)
世界の中で日本は、米国の浮沈空母なのか、中国の属国か、あるいは。
属国化とまで言わないまでも、中共にも中華思想は生きているのだろう。
中国の無理難題は1000年前からのお家芸。その度、はねつけたわけで。
と考えると、神代の昔から自主独立だ、と皇国史観まで行き着いてしまう。

赤坂見附 (6月8日・水)
友人K氏と赤坂見附。今日はサッカー、無観客試合の北朝鮮戦があるけど。
話題はいろいろ。サッカーの経過は、ネットにつないだPCの速報でチェック。
お店の人がときどきお客に伝えている。隣のお客が電話情報を伝えてくれる。
試合を生で見られなかったけど、安心してしまっていた。これで一安心かな。

ローカリズム (6月7日・火)
鎮魂でも何でも、世界に通用しないだろう日本文化を最近特に意識する。
グローバリズム全盛だからローカリズムが目立つのか。あるいは反抗か。
ミニ東京化する日本の地方で、独自色を出す価値の高さにも似たような。
EUでの動きも同様か。反米国。中国の台頭。多極化。その中で、日本は。

日本の文化 (6月6日・月)
パール判事の主張はあっても、戦勝国の横暴だとしても、判決は判決。
だから戦犯は戦犯。だけど、誰も戦犯に手を合わせているわけでもなく。
あちらには、怨霊、祟りはなく、鎮魂のメカニズムがない。日本にはある。
確かに世界に通用する価値観ではないかも。が、それも文化ではないか。

「パール判事の日本無罪論」 (6月5日・日)
田中正明「パール判事の日本無罪論」(小学館文庫)。全部読んでないけれど。
東京裁判で、全員無罪を主張したインド出身パール判事の理念をまとめた本。
そんな人がいたことも靖国神社の展示パネルで初めて知って本を買った次第。
連合国=戦勝国だけで判事が構成された裁判の不当性などを主張したらしい。

デジカメプリント (6月4日・土)
デジカメで撮影した写真をインターネット経由でプリント注文してみた。
仕組みは簡単。写真を選んでアップロードする。注文から4日で届いた。
私のデジカメは300万画素だが、一般的なL版でのプリント品質は十分。
1枚37円と高めながら基本料なし、今なら送料も無料。これは結構便利。

おでん (6月3日・金)
今週後半は、勤務先その2。今日もWebの整理やら原稿チェックやら。
その1に請求書も郵送。帰り際、タイミング良くPDAの師匠からお誘い。
麹町から半蔵門。電車の中のトラブルで手を怪我した話ほか諸々。
おでん。ビール5杯ほど。帰ったら元後輩O氏から飲み会のお誘い。

お父さん 2 (6月2日・木)
離婚後、妻のお父さんは徳島にいたことがあるらしい。妻が高校のころ。
お父さんに呼ばれて、妻はお母さんと一緒に徳島観光に行ったとのこと。
妻の手元には、お父さんとお母さんと鳴門の観潮船に乗った写真がある。
私は初めて見る。昨日、その中からお父さんの写真をリビングに飾った。

お父さん (6月1日・水)
妻のお父さんが昨年8月13日に亡くなっていたことが、今日、分かった。
妻が生まれた街からお父さんと一緒に仕事をしてきた人が訪ねてきて。
住所も電話番号も変わっていて、ここを探すのに1.5ヶ月かかったらしい。
お父さん名義の会社の通帳から引き出すため印鑑が必要という用件だが。


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© 2005 Takashi INAGAKI